DAY54 2018.1.6 アスワン(アブ・シンベル)→ルクソール

3時半にモーニング・コール。4時集合でアブ・シンベル神殿に向かいます。

ホテルで朝食パックを受け取り、ピック・アップを待ちます。他にも数名の方がいらっしゃいました。

1台目が来て何名か呼ばれましたが、私は呼ばれずしばらく待って2台目のマイクロ・バスがやってきました。残り数名を乗せて出発!当然、あたりはまだ真っ暗です。

アブ・シンベル神殿(Abu Simbel)

水没の危機を救われた世界遺産第1号

コンボイ?で砂漠を突っ走りアブ・シンベルへ

安全対策のため警察車両に先導されたコンボイでアブ・シンベルに向かいます。コンボイとは「護送船団」「護送」「護衛艦(隊)」などの意味もありますが、この場合は「護衛されている輸送船団・車両(車列)」という意味です。外国人観光客を狙ったテロとか山賊・追いはぎ(?)などから守るためにコンボイを組むのだと思います。コンボイを形成するため、観光客を乗せたバスがいったん集合します。場所はたぶんアスワン・ダムの近くです。全部で何台集まったのかわかりませんが10分、15分間ぐらい待ちました。マイクロ・バスやハイエースが集まり、まだ暗いなか、警察車両に先導されて出発です。しばらくすると街中を抜けて砂漠の中を走ります。朝日も昇りあたりも明るくなってきました。まわりはすっかり砂漠です!この砂漠を時速100kmぐらいで走ります。オアシスらしきところも通過しました。こうした砂漠を走り抜けるのもとても貴重な経験です。

コンボイというので、車列を組んで走るのかと思っていたのですが、前後の車両間隔はけっこうあいてます。最初は爆弾対策のためかと思ったのですが、そうでもないようで、私たちが乗ったマイクロ・バスをスピードが出るのがどんどん抜いていきました。行程のほとんどは砂漠。3時間ぐらい走って、スーダンとの国境近くのアブ・シンベル神殿に到着しました。ここでの滞在時間(見学時間)は約2時間です。

アブ・シンベル神殿の建設

アブ・シンベル神殿は、「ファラオの中のファラオ」「建築王」とも呼ばれる有名なラムセス2世が建設を命じたもの。この神殿は、太陽神ラーを祭っている大神殿(ラムセス2世自身のための神殿)と、ハトホル女神を祭っている小神殿(王妃ネフェルタリのための神殿)の2つの神殿から成り立っています。ラムセス2世の在位は紀元前1279~1212年ですから、およそ3,200年も前に建設されたのですね(一説には完成したのは紀元前1250年だとか)。

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アブ・シンベル神殿の発掘

年月の経過とともに神殿は砂に埋もれたものの、1813年に発見され1817年に出入口が発掘されたそうです。

水没を免れたアブ・シンベル神殿

アスワン・ハイ・ダムの建設で、神殿は水没の危機にあったようです。立ち上がったのはユネスコ。国際的な救済活動が行われ、1964(1963?)年から1968年の間に、正確に分割されて、約60m上方、ナイル川から210m離れた場所に移設されました。これがきっかけになり世界遺産の登録制度が誕生したそうです。

圧巻のアブ・シンベル大神殿

アブ・シンベル神殿

写真などでは見たことがあっても、現実に目の前にすると、やはり圧倒的な迫力です。ほんとにその大きさ、美しさには言葉が見つかりません。

大神殿の表に見える巨像はすべてラムセス2世。左から右の順に若いころから老年までの顔になっているという説があります。左から2番目の頭部が落ちていますが、これは完成後、数年後の地震で落ちたそうですから、移転前から落ちていたことになります。移転後も落ちている状況を忠実に再現したそうです。足元の像はラムセス2世の子どもたち。巨像の足のところに「MUGNAINI 1887」「LECAROS 1875」という文字が彫られているのを見つけました。人名と年号だと思うのですが、なぜこのようなことになったのでしょう?

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内部は撮影禁止です。入り口のところからは撮りました。ここなら監視員から注意は受けません。ちなみに、扉の鍵を持たせて観光客に写真を撮らせていた監視人がいましたが、もちろんバクシーシ(喜捨)が必要のようです。また、バクシーシを渡すと内部の写真も撮れそうでした。監視人さん、入り口のところでたばこを吸ってましたが、神殿内部にも流れ込んできます。写真を撮ることよりも、こちらの方がよほど問題だと思うのですが、エジプト政府にはぜひ監視人の教育をしていただきたいものです。

1年に2回、内部の奥まで太陽の光が届き、祭壇というか至聖所にある4体の像のうち冥界の神・プタハの像を除いて照らし出すそうです。この時を見てみたいですね。もともとはこの2回はラムセス2世の誕生日2月22日と即位した日10月22日だったらしいのですが、移設をしたことにより今は違う日らしいです。方位を合わせて復元しなかったのでしょうか。内部には、戦いの様子を描いたレリーフなどもありましたし呪文が書かれたパピルスなどが置かれていたという図書室もありました。これらもとても美しいものでした。

王妃のための小神殿

王妃ネフェルタリ像を挟むように2体のラムセス2世像が配されそれがセットとなり、入り口の左側と右側とそれぞれにあります。ネフェルタリとは「最も美しい女性」という意味だとか。完成前にネフェルタリは亡くなったようですが、生前から自分のために神殿を作ってもらうなんて、すごいですね。

こちらも内部は撮影禁止。内部の広さは当たり前といえば当たり前ですが、大神殿より小さいものでした。

 

鉄道でルクソールへ

アスワンへ戻る

あっという間の2時間が過ぎ、アスワンへ戻ります。駐車場にはいっぱい同じような車が並んでいますので、自分の乗ってきた車両を見つけるのにちょっと探しました。

帰りもまた砂漠の中を3時間。蜃気楼らしきものを見ました。

アスワンからルクソールへ

アスワンには昼過ぎに到着しました。いったん合流場所のホテルに戻りましたが、現地スタッフとの待ち合わせ時間までにちょっと時間がありましたので、街を少しぶらつきながら軽く昼ご飯を食べました。

車窓から見た夕日

合流後、駅まで送ってもらい、15時発の列車を待ち席まで案内してもらいました。こちらの鉄道は車内放送などは一切ありません。始発で終点なら良いのですが、そうでないとけっこうドキドキです。そのため、現地スタッフが近くの席の人にルクソールに着いたら教えてあげてって頼んでくれました。移動の際は、基本的にスマホのGPS機能を使ってどこを走っているのか、どの駅なのかを確かめることにしているので、気を付けていれば大丈夫なのですが、やはり教えてもらえると助かります。ちなみに、このおじさん、席を間違えていたようで、別のところに途中で行ってしまいました。しかし、ルクソールに着く時、わざわざ私のところまで来てくれて教えてくれました。ほんとにありがたいことです。エジプトの物売り、客引きはかなりしつこく不愉快な思いをすることもありますが、見かけは怖そうに見えても親切な人もかなり多いのだと思います。

ルクソール到着後、現地スタッフと合流しホテルへ。そこで明日の予定を確認しました。ルクソールは見所も多く、タイトなスケジュールになりそうです。

食事は近くの店で購入。エジプト料理はけっこうおいしいです。

 

今日の歩数:13,747歩  世界一周はあと26日